営業秘密侵害における立証責任と差止責任——最高人民法院第49回指導的判例第273号の解説
2026年2月26日、最高人民法院は第49回知的財産権特別指導的判例を公表した。その中で、営業秘密の立証責任及び侵害差止に関するある裁判例(指導的判例第273号:(2023)最高法知民終1590号)が注目に値する。本稿では以下のように紹介する。
〔事件の経緯〕
Z社は、自動車製造企業であるX社の完全子会社である。自動車の研究開発過程において、Z社は複数の自動車シャシー技術及び関連するシャシー部品の図面を開発したが、特許出願は行わなかった。
2016年、Z社の幹部及び技術者約40名が退職し、同年5月9日に設立された自動車製造企業Y社に入社した。
X社は、Y社が申請した実用新案特許(発明者は前述の離職者ら)に含まれる技術情報が、Z社の自動車シャシー技術及びシャシー部品の図面と極めて一致していること(以下、「本件技術秘密」という)を発見した。これに基づき、X社は訴訟を提起し、Y社に対し侵害の停止及び経済的損失など計21億元の賠償を請求した。さらに、Y社は設立後約2年(2018年9月)で初の自動車を発売した。
〔審理裁判所〕
第一審:上海市高級人民法院
第二審:最高人民法院
〔判旨〕
裁判所は、Z社の従業員約40名が2016年に退職してY社に加わり、自動車シャシー技術の研究開発を含む関連業務に従事していたと認定した。Y社は設立後わずか約2年で自動車の量産と販売を開始しており、X社の本件技術秘密に接触する経路と機会を明らかに有していた。
Y社が申請した実用新案特許の明細書には、X社の本件技術秘密の一部が開示されており、そのシャシー部品の図面には、X社の本件図面と完全に同一の技術情報が多数存在し、その中にはX社特有の技術情報も含まれていた。裁判所はこれに基づき、Y社がX社の本件技術秘密を侵害していると認定した。
最終判決:Y社は侵害を停止し、X社に対し約6.3億元の経済的損失を賠償することとなった。
〔解説〕
1.「接触+類似+短期間」の推定ルール
一般に、侵害を主張する者は立証責任を負う。しかし、営業秘密侵害事件においては、権利者が立証を行うのは困難である。これに対し、「不正競争防止法(2025年改正)」は、権利者が、侵害者に営業秘密に接触する経路があり、かつその使用した情報が営業秘密と類似していることを証明するだけで、予備的な立証責任を果たすことができ、その後、立証責任は侵害者に移転し、侵害者が自ら侵害を構成しないことを証明しなければならないと規定している(第39条第2項第1号)。
本件の典型的な意義は、裁判所が完成車生産などのハイテク企業における営業秘密侵害の認定において、「短期間」を侵害推定の重要な要素として導入した点にある(裁判所が職権で適用し、当事者による別途の立証は不要)。つまり、独立した研究開発に要する合理的な期間を明らかに下回る期間で、Y社が本件の技術秘密に関連する製品を生産したことは、技術秘密の権利者が技術秘密侵害行為について負う立証負担を軽減し得る。裁判所は、業界の研究開発の法則や生産経験に基づき、Y社が実際にX社の本件技術秘密のすべてを取得し、使用したと推定することができる。
2. 侵害差止の具体的な形態
現在、法令では侵害差止の具体的な形態が明確に規定されていない。本件において、裁判所は侵害差止の具体的な形態を以下のように明確にした。
① 使用の停止:本件技術秘密の開示、使用、及び他者による使用の許諾を停止すること。これには、本件技術秘密を使用して自ら製造・販売すること、又は他者に委託して本件製品を製造することを停止することが含まれる。
② 特許の処分又は放棄の禁止:当該実用新案特許について、自ら実施すること、他人に実施を許諾すること、譲渡、質権設定、放棄、又はその他の方法で処分することを禁じる。
③ 技術資料の破棄又は引渡し
④ 誓約書の署名:公告を行い、株主、管理職、従業員、関連会社、サプライヤー等に通告するとともに、営業秘密の保持及び非侵害に関する誓約書に署名すること
〔実務上の提言〕
1. 権利者への提言
① 証拠収集:「接触+類似性+短期間」という要素を中心に証拠を固める。具体的には、退職者の職務内容及びアクセス記録(接触の証明)、技術比較報告書又は鑑定意見(類似性の証明)、並びに業界平均の研究開発期間と被告製品の市場投入時期(短期間の証明)を含む。
② 訴訟請求:典型的な判例の要点を参考に、訴訟請求を明確にする。例えば、製造・販売の停止、関連特許の処分又は放棄の禁止、技術資料の破棄又は引渡し、公告・通知及び誓約書の署名などを請求する。「侵害の停止」という漠然とした主張は避ける。
2. 侵害の疑いがある者への提言
① 証拠収集:本件情報の合法的な取得を証明する証拠(独自開発記録、合法的な譲渡契約、リバースエンジニアリングの証拠など)を適切に保存する。
② 「短期間」推定への対応:実際の研究開発期間が業界の合理的な期間を著しく下回る場合は、既存の技術蓄積、共同開発、設計の外部委託など、技術の由来を積極的に説明し、研究開発期間の合理性を証明することで、裁判所の「短期間」推定に反論すべきである。






