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ホームページ > 論文/書籍 > 法律考察 > 中国における「使用を目的としない悪意の商標出願」の審査基準

中国における「使用を目的としない悪意の商標出願」の審査基準

 2022-12-10261

中国の商標制度は、日本と同様に「先願主義」を採用している。そのため、出願手続において対象商標が既に使用されていることは要件ではなく、使用に関する疎明書類の提出も要しない。このような制度を背景に、不当な利益を得るため、使用意思がないにもかかわらず大量の商標を出願する業者も存在する。このような行為は、商標の先使用者の利益を害するだけではなく、商標制度の公正な秩序をも害している。

商標法では、商標の先使用者に対する一定の保護、商標不使用による取消制度が設けられているものの、いずれも事後的な救済措置である。商標出願段階において使用意思の有無を審査する制度を設けない限り、膨大な出願件数1や無効審判請求事件の件数は、いつまで経っても減少しないのではないかとの指摘もなされていた。

かかる状況を改善するため、中国『商標法』(2019111日改正)第4条に「使用を目的としない悪意の商標出願は、拒絶されなければならない」との規定が新設され、当該規定は商標異議申立て・無効審判請求の根拠条文にもなっている2。しかし、『商標法』には「使用を目的としない」に関する判断基準は規定されていない。

そこで、国家知識産権局は20211116日、『商標審査審理指南2021』(202211日施行、以下『指南』という)を公布3、第二章に「使用を目的としない悪意の商標出願の審査審理」を設けた。第二章では、使用を目的としない悪意の商標出願に関する適用要件や判断要素等が詳細に規定されている。本稿では『指南』のうち、使用を目的としない悪意の出願に関する規定の概要を紹介する。

 

「使用を目的としない悪意の出願」の解釈

『指南』は、『商標法』第4条が定める「使用を目的としない」及び「悪意」について、以下のような解釈を示している。

1.   「使用を目的としない」について
出願人が商標登録出願にあたり、実際に商標を使用する目的もその準備もない行為、または実際に商標を使用する可能性がないと合理的に推定できる場合を指す。

2.   「悪意」について
使用を目的とせず大量に商標出願を行い、それによって利益を得る意図がある場合を指す。

なお、防護商標4の出願や、出願人が行おうとしている将来の事業のために行う適切な件数の商標出願には、『商標法』第4条が適用されないものとされている。

「使用を目的としない」の判断要素

先述のとおり、中国では商標出願の際に、使用(既に使用しているか使用予定があること)について疎明資料の提出を要しない。そのため『指南』は「使用を目的としない悪意の商標登録出願」に該当するか否かについて、主に、①商標出願手続の初期審査で審査員が発見した情報、②異議申立て等の商標審理事件において当事者が提出した証拠に基づき、次の要素を総合的に考慮したうえ、判断するものとしている。

1.   出願人の基本状況
出願人(法人又は組織)の存続期間5、資本金の実際の払込状況、出願人の業務内容及び経営範囲の状況、経営状況が正常か否か(登録抹消、事業停止、清算等の事由の有無)。

2.   出願人の商標出願状況
商標出願の件数、指定商品/役務の区分数。例えば、経営範囲に属さない商品/役務を複数の商標区分において出願する行為。

3.   商標の構成状況
一定の知名度を有する他社の商標と同一または類似するか否か、行政区画・地理名称・観光スポット、業界用語、有名で識別力のある他人の姓名・企業名称・キャッチコピー・美術作品・意匠その他の商業的標識が含まれているか否か。

4.   出願手続又は権利取得後の出願人の行為
例えば、①以前に商標を第三者に譲渡しており、かつ譲渡前における使用の意思や商標の不使用行為について合理的な説明ができなかったこと、②不当な利益を得るために、第三者に商標の譲渡や業務提携を強要したり、高額の譲渡料・ライセンス料・損害賠償・訴訟和解金を求めたりするなどの行為があったこと。

5.   異議申立て、無効審判における関連証拠の状況
例えば、①商標の異議申立てや無効審判の際に、使用意思のないことが証明された場合、または商標登録後の実際の使用行為やその準備行為がなく、かつ使用意思があることの立証ができず、商標の不使用について合理的な説明ができない場合、②異議申立てや無効審判の際に、係争対象となっている商標の専用権に基づき他社にクレームや訴訟を行い、不当な利益を得たことが証明された場合。

6.   その他の考慮要素
例えば、①確定判決や行政決定等により、出願人による悪意の商標登録出願や商標権侵害が認定された場合、②悪意の商標登録出願や商標権侵害により、出願人が国家企業信用情報公示システムの重大違法信用失墜リストに掲載された場合、③出願人と特定の関係のある者による累計出願件数や指定商品/役務の区分の状況、④出願人と特定の関係のある者が行った商標に関する取引や申込みの状況

 

このように『指南』では、出願人本人に限らず、出願人と共謀または特定の関係を有する自然人、法人その他の組織による出願行為も判断の対象とされている。

 

最後に

『商標法』第4条は、出願人による商標使用の強化を目的としているものの、日本『商標法』第3条のような「自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標」という規定になっておらず、使用に関する疎明資料の提出を求めることができない。また、使用目的の判断について客観的な基準が存在しないため、使用目的の有無の認定は、審査官の判断に委ねざるを得ない状況になっている。

この点において『指南』では、審査官が出願商標の審査過程で、出願人の基本的な情報のほか、確定判決や公示情報、出願状況に関する情報(短期間で複数の区分や役務で出願している等)、出願人と関係性を有する者の出願情報まで調査できる旨を規定しており、「使用を目的としない悪意の商標出願」について一定の指標を示している。

『指南』が適切に運用されることにより、悪意の商標出願行為や不当な商標登録がある程度抑制され、正当な権利者の利益が確保されることが期待される6

 

1 国家知識産権局の統計データによれば、2019年、2020年の中国商標出願件数はそれぞれ7,582,356件、9,116,454件である。https://www.cnipa.gov.cn/tjxx/jianbao/year2020/h.html

2 『商標法』(2019年改正)第33条及び同第44条参照。

3 https://www.cnipa.gov.cn/art/2021/11/22/art_74_171575.html

なお、商標出願の審査基準として、過去には『商標審査準則』(1994年商標局)及び『商標評審基準(試行)』(2001年商標評審委員会)のほか、国家工商行政管理総局に属する商標局と商標評審委員会が共同で『商標審査及び審理標準』(2005年制定、2016年改正)を定めていた。今回の『商標審査審理指南』は、『商標法』(2019年改正)に基づき国家知識産権局が制定したものであり、同『指南』が202211日に施行されることに伴い、『商標審査及び審理標準』は廃止される。

4 中国では、冒認出願対策の一つとして、実際の事業活動に使用しないものの出願登録を行った「防護商標」が多数存在していた。ところが、『商標法』(2019年改正)の施行後、同法第4条に違反するとして、一部の防護商標が取り消された(または出願拒絶された)事件が続出し、このような事態は司法資源の浪費になるとの批判もあった。そこで『指南』は、正当な防護商標に関する出願は、『商標法』第4条の規制対象から除外される旨を規定した。

5 中国では自然人でも商標出願可能であるが、経営者であることが要件となっている(自営業者、農村請負経営契約の当事者、その他の営業活動に従事することの証明書類の提出を要する)。『自然人が商標出願手続を行う際の注意事項』(国家工商行政管理総局200726日公布)参照。

6 国家知識産権局の2021128日記者会見では、2021年に悪意による商標出願37.6万件を阻止したとの発言があった。『指南』の施行により、悪意による商標出願が更に抑制されることが期待される。https://www.cnipa.gov.cn/col/col2784/index.html